葛飾北斎が200年前実施した興業を、同じ場所「西別院」で再現するプロジェクト!
- 200年前の文化14(1817)年10月5日(新暦11月22日)、浮世絵師葛飾北斎は西掛所(本願寺名古屋別院)の境内に120畳敷(縦約18m×横約10.8m)の巨大な紙を広げ、そこに達磨大師の半身像を描く大掛かりな興業を行いました。
完成した大だるま絵そのものは第二次世界大戦時に焼失したといわれていますが、幸いなことに興業の一部始終が記録された資料が残っています。
それは尾張藩士の高力猿猴庵(こうりきえんこうあん 1756~1831)によって書き留められた『北斎大画即書細図』(名古屋市博物館蔵)で、そこには興業当日のスケジュールや賑わいはもちろん、この日のために用意された和紙や筆、絵の具にいたるまで事細かに情報が記されています。
今回、その貴重な資料をもとに、多くの方のご協力のもと、可能な限り当時の製法で大だるま絵の復元に挑戦いたします。江戸時代における尾張名古屋の文化力がこの名古屋にて伝承・復元される瞬間を体感できるこのプロジェクト、より多くの方からご賛同・ご支援をいただきたく、よろしくお願いいたします。 - ↑ 猿猴庵の『北斎大画即書細図』名古屋市博物館蔵
200年前の興業が記された貴重な資料の一部です。1817年10月5日、葛飾北斎は昼頃から大画を描き始め、夕方には杉丸太の櫓で掲げたと記録されています。しかし、櫓の高さが足りず、大画は3分の2ほどしか上げることができなかったそうです。翌日10月6日に改めて櫓を組み直し、ようやく大画全体をかけることができたと記されています。
また絵の右側には今でも西別院境内に現存する鐘楼が描かれています。この鐘楼は今年4月に名古屋市指定有形文化財に登録されました。南門と共に1945年の戦災焼失を免れた鐘楼は木造楼造りで、入母屋造、本瓦葺です。尾張藩主第三代徳川綱誠の側室である梅昌院(ばいしょういん)の寄進により、1729年頃に三河国から移築されたと伝えられています。
鐘の吊り方や、柱の作りなどが、一般的にみられる袴腰付鐘楼の形状とは異る特徴があり、美しい本蟇股の彫刻や、虹梁や木鼻の絵様の様態からは、江戸時代前期の作風が窺えます。また、上層西面に掲げてある「遍照閣」の扁額は、1753年に本願寺第17代法如上人から賜ったものです。
葛飾北斎も見上げたであろう鐘楼、ご来院の際はぜひともじっくりとご拝見ください。
職人技で200年前のポスターが復活!
- ↑ 「北斎大画即書引札」名古屋市博物館蔵
- 今回の記念行事に欠かせないものの一つとして、200年前に作成された引札「北斎大画即書引札(ほくさいたいがそくしょひきふだ)」があります。猿猴庵の『北斎大画即書細図』にも書店の軒先に掲げられている様子が描かれていますが、その引札からも当時の興業の大きさが窺えます。
本文には「尾州名護屋本町通り門前町大地におゐて・・・」から始まり、だるま絵の大きさを具体的に「目六尺 はな九尺 (中略)面テ三丈二尺・・・」と記されています。現在の寸法で表すと「目が1.8m 鼻は2.7m 顔が9.7m」といったところでしょうか。これを聞いただけでも「ぜひ見てみたい!」となるのは今も昔もそう変わらないかもしれません。民衆の心を惹きつけたこの引札はとても重要な役割を担ったのです。現在この引札(200年前のオリジナル)は名古屋市博物館に収蔵されています。
そして今回、特別に名古屋市博物館の許可を頂戴し、引札(オリジナル)を基に複製引札を作成することになりました。作成依頼先は日本唯一の手木版和装本出版社である京都の芸艸堂(うんそうどう)で、職人の技により数量限定で作成します。多くの方に喜んでいただける貴重な記念品となっておりますのでぜひとも歴史と伝統を感じてください。 - ↑ 猿猴庵の『北斎大画即書細図』名古屋市博物館蔵
西別院の沿革
- 西別院の起源は本願寺第8代蓮如上人のご子息、蓮淳師が長島(現在の三重県桑名市)に建立された願證寺というお寺です。願證寺は長島一向一揆で一度断絶しますが、豊臣氏の時代に清洲で再建され、その後、1610年に清洲越しで現在の地へ移転しました。そして、1718年、第14代寂如上人が名古屋願證寺を本山の坊舎とされ、名古屋御坊となります。1729年には三河より鐘楼(現存)が移設され、1791年頃には本堂が再建されます。残念ながら1945年の空襲により、一部(鐘楼と南門)を残し、焼失してしまいますが、1972年、門信徒をはじめ有縁の方々のご尽力のもと復興されます。それが現在の西別院です。
本願寺名古屋別院年表
- ↑ 戦前の西別院
江戸時代(1791年頃)に再建された本堂と境内。この境内で葛飾北斎が大だるま絵を描いたとされています。写真は北斎の時代よりも新しいものですが、同じ風景を目にしたかと思うととても感慨深いものがあります。 200年越しの壮大なプロジェクト、次回は100年後!?
- 今回のプロジェクトについて、1817年から今日まで、布での復元は2回されていますが、紙(和紙)で120畳の大だるま絵復元は1度も記録にありません。ましてや、西別院の境内でパフォーマンス性の高い興業となりますと間違いなく今回が初めてとなります。終わる前から次のことを考えても仕方の無いことですが、今回が200年越しですから次回は早くて100年後、なんてこともあるかもしれません。お伝えしたいことは「ぜひともこのご縁に携わっていただきたい」ということです。
猿猴庵の資料が残っているとはいえ、近年においては前例の無い壮大なプロジェクトです。全く不安がないといえば嘘になりますが、愛知県立芸術大学に研究と実施をお願いし、名古屋市博物館に学術協力いただき、地域の皆さま有縁の皆さまに多大なるご協力をいただきながら着々と歴史的瞬間へと準備を進めさせていただいています。西別院だけではなかなか困難ですが、皆さんにご協力いただいているからこそ、必ずや素晴らしいプロジェクトになると確信しています。
最後にあらためまして、この記念行事が滞りなく完遂できるよう、皆さまのご支援を何卒よろしくお願いいたします。 イベント当日の予定
- 2017年11月23日(祝・木) 9:00~16:00
※雨天の場合延期(予備日:2017年11月25日(土)・26日(日))
※全日程雨天の場合、改めて日程を調整し開催いたします
【メインイベント】
○北斎大だるま絵復元プロジェクト
【併催イベント】
○だるマルシェ(名古屋飯ブースを中心に縁市を開催)
○西別院幼稚園(園児の絵画等の発表会)
○だるまDEご縁づくり(東海若手僧侶を中心に企画)
○福祉ブース
○地域団体ブース
○太鼓演奏・演舞等
~記念法要についてのご案内~
2017年11月19日(日)
○10:00~12:00 記念法要・記念法話
○13:00~14:30 昼の講座「スタンダードナンバーで綴る平和への願い」
徂徠真弓さんによるジャズコンサート
【協賛行事】※要事前申込
○15:00~16:30 やっとかめ文化祭 まちなか寺子屋「北斎と名古屋」
名古屋市博物館学芸員津田卓子さんによる講演
本願寺名古屋別院開創300年記念法要・記念行事について
- 【主催】浄土真宗本願寺派本願寺名古屋別院
【共催】愛知県立芸術大学、名古屋芸術大学
【学術協力】名古屋市博物館
【後援】中日新聞社、メ~テレ、真宗大谷派名古屋別院、なごや寺町まちづくり協議会
名古屋市仏教会、名古屋市中区仏教会
【協力】松原・橘・正木・平和・大須・各学区町内会、有限会社柏彌紙店、やっとかめ文化祭実行委員会
※本プロジェクト賛同者様のお名前を、中日新聞市民版(2017年11月17日付掲載予定)に掲載させていただきます。掲載を希望されない方は事前にお申し付けください。